再現から再生へ@神楽坂

Voice of Onogi Toyoaki

古典芸能の制作者である小野木豊昭氏が、2023年もマドモアゼル・シネマに声をかけて下さり、神楽坂の毘沙門天の境内に招くとともに、秋にはセッションハウスで女義太夫奏者と共演する公演を実現して下さいました。この企画に込めた想いを語って下さいました。

再現から再生へ@神楽坂 伝統芸能プロューサー/古典空間 小野木豊昭

2023年11月11日(土)12日(日)、【女義太夫×マドモアゼル・シネマ 街と架けあう神楽坂橋/時層を超えてー響き渡る声・響き合う/『生写朝顔話』明石船別れの段〜大井川の段より】が二日間、3公演上演された。

 

マドモアゼル・シネマの皆さん、朗読・ダンスの松本大樹さん、女流義太夫の太夫・竹本京之助、三味線・鶴澤賀寿のご両人…それぞれが“真剣勝負”で対峙する、只々刺激的で高揚する時間だった。 昨年、伊藤直子さんより、両者共演のご相談をいただいた。(一社)新宿NPOネットワーク協議会が運営する「まちなか交流イベントスペース 神楽坂コモンズ 1st」にて稽古中だった竹本京之助さんの浄瑠璃を、たまたま通りかかり洩れ聞かれた伊藤さんの発案をうかがい、その実現性を想えば想うほど正直途方に暮れた。

 

マドモアゼル・シネマの皆さんとは、毎年5月に二日間、神楽坂のまち全体を舞台に繰り広げられる『神楽坂まち舞台・大江戸めぐり』で三年間お付き合いいただいている。2021年は津軽三味線×尺八×ジャズピアノ×ドラムス、2022年は十七絃(箏)、そして本年5月は邦楽囃子(小鼓・大鼓・太鼓・笛ほか)と、すべて器楽演奏とのコラボレーションに臨んでいただいたが、今回はテキスト…言葉と共にある三味線音楽である浄瑠璃(義太夫節)。しかもそのテキストは江戸時代の大阪弁である。崩すことが許されない様式や型の存在が前提で、“コテコテの”伝統芸能である義太夫節に、自由で抽象的な身体表現を旨とするコンテンポラリーダンスが果たして噛み合うものか、悩みに悩んだことを告白する。

 

そこで、神楽坂を通してご縁のある日本演劇研究者で明治大学情報コミュニケーション学部准教授・日置貴之さんに相談し、監修と朗読部分の台本作成で参加いただくことになった。 検討の結果、浄瑠璃は『生写朝顔話』が選ばれ、抜粋して朗読部分と合せて約1時間、三部構成の作品となった。人形浄瑠璃では天保三年(1832)に初演。秋月弓之助の娘深雪は、宇治の蛍狩で宮城阿曾次郎と恋しあう。その後縁談の話が起こり、その相手が阿曾次郎と知らずに深雪は家出。両眼を泣きつぶして盲目の女芸人・朝顔となり阿曾次郎との悲恋のすれ違いを重ねて流浪するが、紆余曲折の末に結ばれる物語。

voice2023-onogi

 

作り込まれるプロセスで深く刻まれたことは、伊藤直子さん、そしてマドモアゼル・シネマの皆さんが、人形浄瑠璃としての作品を映像で何度もご覧になり、作品のテキスト一言一句を丁寧に読み込み、物語の展開はそのままに、独自の解釈と共に身体表現として変換されていたことだ。本来は、作品に対して人形や歌舞伎俳優が繰り返し上演を重ねることで出来上った様式や型がある訳だが、今回は、『生写朝顔話』という作品にコンテンポラリーダンスの方法、マドモアゼル・シネマの方法で、イチから取り組み、新たな表現を創り上げられたのだ。 どんな作品、どんな名作にも必ず「初演」がある。何かが人々の琴線に触れ、その後上演を繰り返しつつ洗練され、やがて「古典」として受け継がれて今に至ることになる。もしかしたら、そのプロセスで生まれたエッセンスに魅力を感じるからこそ、こうしてこのジャンルに長きに渡りお付き合いしているのかも知れない。

 

人形浄瑠璃や歌舞伎の舞台で観慣れていた『生写朝顔話』だが、マドモアゼル・シネマの身体表現との対峙によって、浄瑠璃(義太夫節)の一語一語が今までに感じたことのないような、実にイキイキと、力を持った言葉として?ったような印象を覚えた。まさに私たちが古典作品と向き合う時に目指す「再現」ではなく「再生」を目の当たりにした思いだった。 自らの体質とは異質の…しかも大きく異なる表現に歯車を合せる作業。今回これに費やされたエネルギーは並大抵のものではなかったことと思う。義太夫節という伝統芸能が、様式化された表現を受け継ぎ、生まれた時代とは価値観の異なる現代に「生きている芸能」として存在し続けるために、今回は不可欠の経験だったのかも知れない。 そして、今年も予定されている「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2024」では、マドモアゼル・シネマの皆さんと気鋭の尺八奏者4名とのコラボレーションが予定されている。言葉こそ存在しないが、演奏家の身体をそのまま延長した竹の管楽器が発する音は最も言葉に近い。対峙し、呼応し合う音と身体が創りだす世界に大きな期待を寄せている。

小野木豊昭

ヴォイス・オブ・セッションハウス2023より抜粋

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